退職勧奨による合意退職の注意点

退職勧奨は、会社が雇用契約の社員に対し退職を促し、当該社員との交渉を経て、会社と社員の合意による退職をしてもらうもので、労務実務のなかで比較的多く見受けられます。

退職勧奨が行われる場面は概ね以下のような場合です。

  • ・会社全体が業績不振で経営再建のために人員整理をする必要がある。
  • ・ある部門を統廃合することになり、その部門の社員に退職してもらう必要がある。
  • ・当該社員に業務成績不良または業務適性がない等の事情がある。
  • ・当該社員に懲戒処分事由や解雇事由があるが、実際に懲戒処分や解雇をする前に本人に事情説明をして退職してもらう方が双方にとって良い結果になる。

退職勧奨については、労働基準法等の法律による明文のルールはありません。

しかし、退職勧奨の方法について裁判例の蓄積があり、労務実務では一定のルールが存在します。

退職勧奨では当該社員は自ら臨んで退職するわけではありませんから、会社が判例の蓄積によるルールを無視して強引に退職を迫り、無理やり退職合意書面に署名押印させると以下のような事態になるかもしれません。

  • ・当該社員が弁護士に依頼し労働審判や正式な労働裁判になる
  • ・当該社員がユニオンに加入し面倒な(嫌な)団体交渉や東京都労働委員会などの労働委員会案件になる
  • ・企業の人的エネルギーが消耗する(利益に結びつかない紛争解決のためだけのエネルギー消費になる)
  • ・弁護士費用の負担が生じる

それだけではありません!

もしも退職勧奨が取り消され、復職やバックペイ(復職までの全給与額を支払うことです)になったら、企業側に金銭的な負担だけでなく、精神的ショックや種々の負担が生じるかもしれません。

人事労務は企業経営の要であり、経営そのものです。

企業の皆様は退職勧奨について正確な知識を得て、事案に応じた最適なリスク分析を行い、リスク最小化と目的に応じた適切な退職勧奨をプラニングして、安全かつ適切に実行していただきたいと強く念じております。

そこで、正しい退職勧奨とは何か?

退職をお願いしたい社員に対し合意退職してもらう方法はあるか?

上手な退職勧奨のためには何に注意したら良いか?

という企業側のもっともなご質問に、これから順番にご回答いたします。

【目次】
1 退職勧奨・合意退職とは?
2 退職勧奨が紛争化するのはどのような場面ですか?
3 退職勧奨はどのように行えば良いのですか?
4 退職勧奨をお考えの経営者の方は、吉田総合法律事務所へご相談ください

1 退職勧奨・合意退職とは?

退職勧奨とは、退職を促すための会社から社員への働きかけ、説諭のことを言います。退職勧奨は、それだけで法的効力を生じさせるものではなく、あくまで社員の自発的な退職を促すという事実上の行為に留まります。

退職勧奨により社員が退職することとなった場合には、退職合意書等を作成して、合意退職(会社都合退職)として退職してもらう場合が多いです。

合意退職とは、社員と会社が合意して労働契約を将来に向けて終了させるものです。合意退職は、解雇ではないため解雇権濫用法理の適用はありません。

なお、退職合意書にどのような条項(事項)を盛り込むか、どのような内容にするかは、簡単なようでいて実務的には奥の深い領域です。

企業様には、退職合意を得ただけで安心しないで、しっかりした退職合意書を作成するために知識経験の豊富な専門家に相談することをお勧めします。

退職勧奨も合意退職も、労働基準法などで直接規制されてはいません。その意味では、自由に行うことができます。

しかし、次に説明するようにトラブルとなることがあるため、注意して行わなければなりません。

2 退職勧奨が紛争化するのはどのような場面ですか?

⑴ 退職勧奨が不法行為となり損害賠償を請求される!?

退職勧奨は、労働基準法などでルールが定められているわけではありません。

しかし、社員の自発的な退職を促す働きかけですので、その手段や方法が、社会通念上相当と認められる範囲で行うことが重要になります。

もし、社員に対し、不当な心理的圧力を加えたり、名誉感情を不当に害するような言葉を使用したりした場合は、社員の自由な退職意思の形成が妨げられた、ということになりかねず、退職勧奨が違法(不法行為)となり、退職勧奨を行った会社が当該社員に損害賠償責任を負うかもしれません。

これまでの裁判例で代表的な事例をご紹介します。

  • ・連日勤務時間内外にわたって退職届を出すよう強く要請し、暴力行為や仕事差別などの嫌がらせによって退職を強要したことが不法行為に当たると判断した事例(エール・フランス事件(東京高判平成8年3月27日判決))、
  • ・2~4か月間の間に11回にわたり退職勧奨を行い、長いときには2時間以上退職勧奨に応じるように求めたことが不法行為に当たると判断した事例(下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決
  • ・退職勧奨に応じない強固な意思を明示した社員に対して、継続して行った退職勧奨 が、違法となる(不法行為)と判断した事例(日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日判決))。

⑵ 退職勧奨により合意した退職合意が無効となる!?

退職勧奨の多くは、合意退職を目指して行われるものです。

そして、合意退職は、社員が退職することについて、社員と会社の意思表示が合致することにより成立し有効になります(この意味で、雇用契約や売買契約と同じです。)。

しかし以下の場合は退職合意が取り消されてしまいます。

  • ・社員が合意退職の内容を誤解した場合(民法95条の錯誤)
  • ・社員に虚偽の内容を伝えて詐欺により退職合意をさせた場合(民法95条の詐欺)
  • ・社員を強迫して退職合意をさせた場合(民法96条の強迫)

例えば、懲戒解雇事由がないにもかかわらず、会社が「懲戒解雇になるからその前に自ら退職せよ」という退職勧奨をして、社員が自主退職しなければ懲戒解雇になると信じて合意退職した場合には、錯誤による合意退職の取り消し、強迫による合意退職の取り消しになります(富士ゼロックス事件(東京地裁平成23年3月30日判決)、ソニー(早期割増退職金)事件(東京地裁平成14年4月9日判決))。

※民法改正により錯誤の効果は旧法では無効、現在では取り消しです。実際の判決例は民法改正前(旧法)だったため錯誤は無効でしたが、現在では錯誤に該当すると取り消しになります。

そもそも、退職の意思がもともとない社員に対して退職勧奨を行う場合、退職勧奨に応じて退職を決意することは、社員にとって不本意(嫌々、渋々)の決断です。

しかし、不本意であっても本人が理解し納得して合意した場合は、退職勧奨による合意退職は有効です。あくまで民法の錯誤や詐欺、強迫に該当する場合にのみ取り消しになります。そのため、民法の錯誤や詐欺、強迫に該当しないように注意して退職勧奨を行う必要があります。

とはいえ、法律専門家でないと「錯誤? 詐欺? 強迫?」は判断が難しいと思います。企業様には、退職合意の取り消しリスクを軽減・消滅させるために、労務事案に詳しい知識経験の豊富な専門家に相談することをお勧めします。

⑶ 退職勧奨を拒否した社員に対する配転等の人事上の措置が権利濫用として違法・無効となる!?

労務実務では、人員整理の必要があって退職勧奨したのに、退職勧奨に応じない社員が出た場合は他部署に配置転換する場合があります。

しかし、退職勧奨に応じない社員に対する配置転換が、不当な動機・目的による配置転換であると評価される場合には、権利濫用として違法・無効となることがあります。

つまり、企業には人事権として配置転換する権利があるのですが、その権利は無制限ではなく、不当な動機・目的による配置転換であると評価される場合には、例外的に、違法になり無効になります(退職勧奨後の配置転換には違法無効のリスクあり)。

退職勧奨後の配置転換が違法無効になる典型的なパターンは、「退職勧奨に応じないことへの報復措置としての配置転換」だと評価される場合です。(このタイプの裁判例として、兵庫県商工会連合会事件(神戸地裁姫路支部平成24年10月29日判決))。

3 退職勧奨はどのように行えば良いのですか?

これまでに見てきたとおり、退職勧奨では、退職勧奨を受ける社員の意思が重要視されています。

もっとも、社員の本心は社員本人しか分からず、面談時には表面的には本人が納得していたように見えても、本心では納得しておらず、後から退職を強要された(退職合意の取り消し)と言ってくることもあります。

また、裁判でも、退職勧奨の手段や方法といった外形から、社会通念上相当な範囲内か否かが判断される場合が多いように思われます。

そのため、退職勧奨の紛争化を回避するためには、退職勧奨の手段や方法といった外形に十分に注意することが重要です。

例えば、以下の事項に注意するだけで退職合意の取り消しリスクはかなり軽減します。

  • ・退職勧奨を短時間で行う
  • ・退職勧奨の回数を少なくする
  • ・対象社員が退職勧奨に応じない意思を明確にした場合には継続して退職勧奨を行わない
  • ・対象社員に対し名誉・人格を害する言葉を使用しない
  • ・対象社員に対し退職金の上乗せなどの好条件を提示する

4 退職勧奨をお考えの経営者の方は、吉田総合法律事務所へご相談ください

退職勧奨は、明確なルールがなく、社員と会社の合意交渉ですから、

  1. 会社の事情(人員整理の必要性・懲戒処分の可能性、解雇の可能性)
  2. 対象社員の性格・経済的事情・転職可能性
  3. 退職勧奨以外の退職方法の可能性(解雇や懲戒解雇の有効性の検討)
  4. 退職合意条件(解決金や退職金増額など)

等々の各事案の有利ファクター・不利ファクターの細分化検討、マクロとミクロの縦軸横軸思考による臨機応変な対応をすることで、良い結果につながる可能性が高まります。

そのため、有効適切で安全な退職勧奨を行うためには、退職勧奨の知識と経験の豊富な専門家に相談しながら協働して進めていくことが有益です。

吉田総合法律事務所の弁護士は、これまで退職勧奨に関する非常に多くのご相談をいただいており、非常に多数の案件対応をしてきました。

退職勧奨をお考えの経営者の方は、ぜひ吉田総合法律事務所にご相談ください。

最新セミナー情報

現在準備中です。

  • 日程
  • 未定
  • 会場
  • 未定

顧問先様の声

吉田総合法律事務所が提供する企業法に関するメールマガジン

03-3525-8820 03-3525-8820 メールでのご相談予約はこちらをクリックしてください。