カスタマーハラスメント(カスハラ)とは何ですか?

令和元年6月5日に改正された労働施策総合促進法等により、職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務とされました。

これを踏まえて策定された、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針 」では、顧客等からの暴行、強迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為に関して、事業主は体制の整備や被害者への配慮などの取組を行うことが望ましいとされています。

そして、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、企業が行うべきカスタマーハラスメント対策の取組がまとめられました。

本記事は、このマニュアル(以下、「本マニュアル」といいます。)を参考として、カスタマーハラスメント対策を解説します。

なお、企業がカスタマーハラスメントに対して適切な対応をしていない場合、被害を受けた従業員から責任追及されてしまう可能性もあります。そのような法的なリスクを回避するためにも、カスタマーハラスメント対策への取組は必須事項です。

【目次】
1 これってカスタマーハラスメントですか?
2 カスハラの具体例は何ですか?
3 カスハラになるかはどのように判断したらいいですか?
4 カスハラ対策の事前準備として何をしたらいいですか?
5 カスハラが起こった場合、何をしなければならないのですか?
6 カスハラ対策チェックシートもご利用ください

1 これってカスタマーハラスメントですか?

本マニュアルでは、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)とは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されています。

すなわち、商品やサービスなどへの改善を求める正当なクレームもありますので、顧客や取引先等からのクレームの全てがカスハラとなるわけではありません。

2 カスハラの具体例は何ですか?

カスハラの定義は抽象的ですので、具体例を見ていきましょう。以下は、厚労省による企業へのヒアリングで確認されたものです。

中には、不法侵入や脅迫、わいせつなどの犯罪行為である可能性のあるものも含まれています。

  ①時間拘束

   ・一時間を超える長時間の拘束、居座り

   ・長時間の電話

   ・時間の拘束、業務に支障を及ぼす行為

  ②リピート型

   ・頻繁に来店し、その度にクレームを行う

   ・度重なる電話

   ・複数部署にまたがる複数回のクレーム

  ③暴言

   ・大声、暴言で執拗にオペレーターを責める

   ・店内で大きな声をあげて秩序を乱す

   ・大声での恫喝、罵声、暴言の繰り返し

  ④対応者の揚げ足取り

   ・電話対応での揚げ足取り

   ・自らの要求を繰り返し、通らない場合は言葉尻を捉える

   ・同じ質問を繰り返し、対応のミスが出たところを責める

   ・一方的にこちらの落ち度に対してのクレーム

   ・当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な攻め立て

  ⑤脅迫

   ・脅迫的な言動、反社会的な言動

   ・物を壊す、殺すといった発言による脅迫

   ・SNSやマスコミへの暴露をほのめかした脅し

  ⑥権威型

   ・優位な立場にいることを利用した暴言、特別扱いの要求

  ⑦SNSへの投稿

   ・インターネット上の投稿(従業員の氏名公開)

   ・会社や社員の信用を毀損させる行為

  ⑧正当な理由のない過度な要求

   ・言いがかりによる金銭要求

   ・私物の故障についての金銭要求

   ・遅延したことによる運賃の値下げ要求

   ・難癖をつけたキャンセル料の未払い、代金の返金要求

   ・備品を過度に要求する

   ・入手困難な商品の過剰要求

   ・制度上対応できないことへの要求

   ・運行ルートへのクレーム、それに伴う遅延への苦情

   ・契約内容を超えた過剰な要求

  ⑨コロナ禍に関するもの

   ・マスク着用、消毒、窓開けに関する強い要望

   ・マスクをしていない人への過度な注意の要望

   ・顧客のマスクの着用拒否

  ⑩セクハラ

   ・特定の従業員へのつきまとい

   ・従業員へのわいせつ行為や盗撮

  ⑪その他

   ・事務所(敷地内)への不法侵入

   ・正当な理由のない業務スペースへの立ち入り

3 カスハラになるかはどのように判断したらいいですか?

厚労省のマニュアルの定義によれば、カスハラになるか否かは、顧客等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段や態様が社会通念上不相当であるかどうかを総合的に考慮して判断することになります。

そのため、顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなります。反対に、顧客等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合には、社会通念上不相当とされる可能性が高くなります。

例えば、以下のように判断することもできます。

① 顧客等の要求内容に妥当性はあるか

顧客等の主張に関して、自社に過失があるかということや根拠のある要求であるかを確認して、要求内容に妥当性があるか否かを判断します。

顧客が購入した商品に瑕疵がある場合、謝罪とともに商品の交換や返金に応じることは妥当です。しかし、自社の過失や商品の瑕疵などがない場合には、顧客の要求には正当な理由がないと考えることができます。

② 要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か

長時間に及ぶクレームは、業務遂行に支障が生じるため、社会通念上相当性を欠く場合が多いと考えられます。

また、顧客等の要求内容に妥当性がある場合であっても、その言動が暴力的威圧的継続的拘束的差別的性的であるときは、社会通念上不相当であると考えられます。

なお、カスハラの判断基準は、企業ごとに違いが出てくる可能性がありますので、各企業においてあらかじめカスハラの判断基準を明確にしたうえで、企業内の考え方や対応方針を統一して現場と共有しておくことが重要とされています。

4 カスハラ対策の事前準備として何をしたらいいですか?

本マニュアルでは、カスハラを想定した事前準備として、以下の4点を挙げています。

① 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発

企業として、カスハラの基本方針や基本姿勢を明確化することにより、企業が従業員を守り、尊重しながら業務を進めるという安心感が従業員に育まれます。

本マニュアルで紹介されている基本方針の例は以下のとおりです。

(引用:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」21頁)

② 従業員のための相談対応体制の整備

カスハラを受けた従業員が気軽に相談できるように、相談対応者を決めて置き、相談窓口を設置して、従業員に広く周知します。

相談対応者は、相談者の上司、現場の管理監督者が担うことが考えられます。

また、相談対応者は、相談者の心身の状況や受け止め方等にも配慮しながら、慎重に相談に応じる必要があります。初期対応次第で、相談者の不信感を生むことや問題解決に支障が出ること、企業や上司に不信感を生じさせる可能性がありますので、相談対応者には丁寧な対応が求められます。

なお、カスハラでは、従業員に何らかの落ち度(ミス)があって、常識の範囲を超えた要求や言動がなされるケースもあります。

そのようなケースでは、従業員が自責の念や、上司に知られずに解決したいと思うあまり、誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまい、問題が深刻化・複雑化・エスカレート化してしまうことがあります。

これを防ぐためにも、相談対応体制の整備は重要な問題です。

③ 対応方法、手順の策定

⑴ 現場での初期対応の方法、手順

各企業で対応方針が異なると思いますが、業務内容、業務形態、対応体制、方針等にあわせて、あらかじめ対応方法例を準備しておくことが重要です。

顧客等への対応は、基本的には複数名で対応して対応者を一人にさせない、カスハラ行為が深刻な場合には一時対応者に代わって現場監督者が対応するなど、従業員の安全にも配慮する必要があります。

顧客対応が不適切な場合、顧客の態度がエスカレートすることが想定されます。

例えば、従業員にミスがある事例で、クレームがあり、クレームに対し誤った説明をしたりすると(二重のミス)、火に油を注ぐように顧客の態度が激化し問題が複雑化するかもしれません。

逆に、最初のクレームの時点で、従業員(顧客対応者)が正しい説明と毅然とした態度を示すことができれば、問題が沈静化するかもしれません。

ここで、会社(従業員)に落ち度があった場合の責任を確認しましょう。

従業員にミスがあった場合には、会社はミスにより生じた損害を賠償すべきです。

しかし、相手が感情を害したとしても、相手には法的な損害が生じていないというケースが多いと思います。そのため会社は、商品交換やお詫びの気持ちを伝えるだけでよい、という場合がほとんどのように思われます。

もし損害が生じていたら、法的に正当な損害を賠償すればよいのです。それを超えて、相手の気持ちが完全満足するまで対応する(支払う)必要はありません。もし土下座などの強要(強い要求)があったら、相手は刑法の強要罪になるかもしれません。

   

⑵ 内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法、手順

本マニュアルでは、「顧客等」、「従業員(顧客対応者)」、「現場監督者/相談窓口」、「本社/本部」に分けて、「報告・相談、指示・助言」の流れを説明しています。

そして、カスハラ対策をクレーム対策の延長として相談手続きを扱うとよいとされています。

従業員(顧客対応者)が初期対応しても解決できない場合は、「現場監督者/相談窓口」が対応し、「本社/本部」が「現場監督者/相談窓口」に指示・助言する、という流れになります。

企業は、カスハラ対応を「従業員(顧客対応者)」任せにしてはいけません。

また、「本社/本部」は法務部(法務担当者)が担当すると良いと考えます。顧問弁護士がいれば顧問弁護士と相談しながら対応してください。エスカレートの度合いに応じ、弁護士が警告書を内容証明郵便として出し、または弁護士に会社代理人として交渉してもらうとよいでしょう。

ここでクレーマーに対する弁護士内容証明の効果について説明します。

クレーマーが内心で、自分の要求は違法だと思っている場合、または、もしかしたら自分は過剰な要求をしているかもしれないと思っている場合は、弁護士が内容証明郵便により法的な説明を行い、かつ、法的な制裁の可能性を示すだけで、問題が解決する場合があります。

他方で、クレーマーが、会社(従業員)の対応は社会正義に反するので自分が是正させなければいけない、自分は悪を懲らしめる正しい活動をしているのだ、と思い込んでいる場合は、弁護士が内容証明を出しても解決しないことがほとんどです。

後者の場合は、話し合いによる解決はむずかしく、最終解決まで時間がかかることがあります。しかし、そうであっても、弁護士が内容証明を出すことで「従業員(顧客対応者)」は「もう自分が対応しなくて良いのだ。」という安心を得ることができ、従業員の心身の安全を守ることができます。

④ 社内対応ルールの従業員等への教育・研修

カスハラに対応できるように、日ごろから研修等を通して従業員への教育を行います。

研修等は、中途入社の従業員アルバイト従業員なども受講できるようにし、かつ定期的に実施することが重要です。

研修等をより効果的な内容とするためには、過去に職場で発生した事案、経験等を踏まえた事例やケーススタディを題材にすることが考えられます。

5 カスハラが起こった場合、何をしなければならないのですか?

本マニュアルでは、カスハラが実際に起こった際の対応として、以下の4点を挙げています。

① 事実関係の正確な確認と事案への対応

顧客等からのクレームが正当な主張なのか、言いがかりのような悪質なクレームなのかを判断するため、顧客等の主張をもとに、事実であるかを確かな証拠・証言に基づいて確認します。

顧客等から「今すぐ答えを出せ」と言われても、明らかな事情がない限り、極力その場で答えを出さないようにすることが大切です。

そして、確認できた情報をもとに、要求の内容が妥当か、その手段・態様が社会通念上相当かを検討し、顧客等の要望に関して対応方針を決めていきます。

検討の結果、カスハラであると判断した場合には、あらかじめ策定した手順(上記4③参照)に沿って対応することになります。

② 従業員への配慮の措置

従業員がカスハラ被害を受けた場合には、速やかにその従業員に対する配慮の措置を行う必要があります。

具体的な配慮の措置は、現場での安全確保精神面への配慮です。

特に、顧客等からの言動により従業員にメンタルヘルス不調の兆候がある場合、産業医や産業カウンセラー、臨床心理士等の専門家に相談対応を依頼してアフターケアを行う、または専門の医療機関への受診を促すといった精神面への配慮が求められています。

会社は従業員を守るための努力を真摯に行うべきです。

 再発防止のための取組

カスハラ問題がいったん解決した後も、同様の問題が再発することを防ぐために取組を継続して、従業員の顧客対応の理解を深めます。

特に、従業員の接客態度によりクレームがカスハラに発展するようなケースでは、接客対応の改善によって再発防止を図ることができます。

再発防止のための取組としては、例えば、事案発生時に従業員へ共有を行ったり、研修等で事例として利用したりすることが考えられます。

④ その他に取り組むべきこと

⑴ カスハラ発生状況の迅速な把握と情報の記録について

カスハラ発生状況を迅速に把握するためには、従業員からの相談を待つだけでなく、能動的に情報を取得する仕組みが必要です。 

例えば、以下の仕組みが考えられます。

  ・緊急事態報告メールを専門部署に連絡させる。

  ・現場従業員から上長に電話し、不在時にはエリア担当者に電話する。

  ・通話内容を文字化するシステムで、テキストをリアルタイムでチェックする。

  ・LINEグループを作成し、悩み事や気づいたことなどを随時共有する。

また、再発防止のためには、事案発生後の情報の記録・管理も重要です。

⑵ 取引先企業とのトラブルについて

ハラスメントは、顧客等と企業(従業員)との間のみならず、取引先企業との間でも発生する可能性があります。

特に取引先企業との間のハラスメントでは、自社の従業員が取引先企業の従業員に対してハラスメント行為を行ってしまうケースもあり得ます。

自社の従業員によるハラスメント行為を疑われた場合には、事実確認等の必要な協力に応じるよう努めなければなりません。

また、そのことを理由として、取引先との契約を解除するなど不利益な取扱いを行うことも望ましくなく、真摯な対応が求められます。

自社の従業員がパワハラ行為していたということになれば、懲戒処分の判断をする必要がありますので、主体的に調査に関与することが重要です。

6 カスハラ対策チェックシートもご利用ください

本マニュアルの末尾には、付録の「カスタマーハラスメント対策チェックシート」として、「企業のチェックシート」と「従業員のチェックシート」があります(同書52~54頁)。

前者は「本社/本部」、「現場監督者/相談窓口」が利用し、後者は顧客等からカスハラを受ける可能性のある従業員(または従業員全員)が利用すると良いでしょう。

是非活用してください。

企業の皆様には、是非とも、カスハラから従業員を守り、適切なカスハラ対策を実施していただきたいと心より念じております。

   

顧問先様の声

吉田総合法律事務所が提供する企業法に関するメールマガジン

03-3525-8820 03-3525-8820 メールでのご相談予約はこちらをクリックしてください。