1 懲戒解雇したら退職金は支給しなくて良い?
懲戒解雇となった場合に当然に退職金を支給しないと考えている経営者の方も少なくないのではないでしょうか。
確かに、多くの就業規則では、「懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」というような規定が定められています(いわゆる「退職金減額・不支給条項」。厚生労働省の「モデル就業規則」第54条1項を参照。)。
しかし、このような就業規則の定めがあったとしても、懲戒解雇による退職者全員の退職金を当然に支給しないとすることはできません。
一般論として退職金は賃金の後払いや功労報償という性格を持つものであることから、退職金を不支給又は減額支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られてしまいます(同旨の判断をしたものとして小田急電鉄(退職金請求)事件(東京高判平成15年12月11日)があります。)。
懲戒解雇となる場合には、労働者に非難されるような行為があることにはなりますが、その非難の程度には濃淡があります。
そのため、懲戒解雇となる場合であっても、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとはいえないときは、退職金を不支給又は減額支給とすることは許されません。
この意味において、懲戒解雇と退職金の不支給(減額支給)は別物として検討する必要があります。
なお、地方公務員を懲戒免職した場合の退職手当の不支給が争点となった事案の最高裁判所の決定が出ておりますので、こちらの記事もご参照ください。
2 懲戒解雇の退職金不支給の場合の手続きは?
懲戒解雇の際に退職金を支給しない場合、労働基準監督署等の行政官庁の手続きは不要です。
ここで、行政官庁の認定を受けなければならないのではないかと疑問に思われる方もおられるかもしれません。
しかし、行政官庁の認定は、30日前の解雇予告を行わず、かつ、解雇予告手当も支払わない場合(いわゆる即時解雇を行う場合)に、その理由について行われるものです(労働基準法20条1項、3項、19条2項)。これを、「除外認定」といいます。
そのため、退職金を支給しないことについて、行政官庁の認定を受ける必要はありません。
即時解雇を行う場合に退職金は支給しないとすることが多いことから、退職金の不支給に行政官庁の認定が必要であると誤解されてしまっていると思われます。
なお、こちらもよく誤解されますが、懲戒解雇についても解雇予告制度の適用があり、原則として30日前の解雇予告を行うか、または、解雇予告手当を支払わなければなりません。
この解雇予告等が不要となるのは、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」ですが(労働基準法20条1項)、懲戒解雇が常に「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」になるわけではないとされています。
そのため、懲戒解雇は有効であるけれども、「労働者の責に帰すべき事由」がないために解雇予告等が必要となるケースもあります。
3 退職金を支給した後に懲戒解雇に相当する非違行為が判明した場合に、退職金を返還させることはできますか?
「退職金支給後であっても懲戒解雇に相当する非違行為が判明した場合には、退職金の返還を求めることができる」といった規定(退職金返還条項)が就業規則で定められている場合には、この規定に基づいて、支給した退職金の返還を求めることができます。
また、このような規定がない場合であっても、重大な非違行為を行った社員に対して退職金を支給しないという規定(退職金不支給条項)が定められていれば、退職者が退職金を取得できる理由がありませんので、不当利得に基づいて退職金の返還を請求することができます。
問題となるのは、退職金返還条項も退職金不支給条項もない場合であっても、退職金の返還を請求することができるかということです。
退職金不支給条項すらない場合には、退職者の重大な非違行為が判明しても、退職金の返還を請求することができない(支給前であれば退職金の支払を拒むことができない)のが原則です。
しかし、重大な非違行為を行った退職者からの退職金請求が権利濫用に当たるとして、退職金の請求を認めないとした裁判例があります(ピアス事件(大阪地判平成21年3月30日)など)。
そのため、退職金不支給条項が定められていない場合であっても、退職金請求が権利濫用に当たるときは、退職金を支給せず、また、支給した退職金の返還を請求することができることがあります。
もっとも、就業規則で定めておらず退職者の予想に反する事態となることや、退職金請求が権利濫用であるかは当事者間では判断できないことから、権利濫用を理由に退職金を支給しなかったり、返還を請求したりした場合には、ほとんどのケースで紛争化してしまうと思われます。
そのため、退職金不支給条項や退職金返還条項を就業規則で明確に定めておくことが重要です。
4 退職金に関するご相談は吉田総合法律事務所まで
当事務所の弁護士は、退職金の不支給に関するご相談に対応しております。
退職金の不支給は、懲戒解雇が前提となる事案も多く、紛争化しやすい類型といえます。
紛争化のリスクを軽減し、また、紛争化してしまった場合にも損失を最小限に抑えるために、経営者様をサポートいたします。
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