令和3年に「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、「育児介護休業法」といいます。)」が改正され、順次施行されております。
令和3年改正では、特に男性が育児休業を取得しやすくする内容となっております。
大企業と比較して従業員の数が多くない中小企業においては、育児休業の取得に伴う代替要員の確保等の負担も大きいですが、対応が必須となります。
すでに対応されておられる企業もおられると思いますが、今一度改正内容をおさらいしてみましょう。
Q1 どのような経緯で令和3年改正が行われたのですか?
日本では、女性の育児休業取得率は80%以上で推移していますが、男性は上昇傾向ではあるものの、令和3年度で13%にとどまっています。育児休業の取得期間も、女性の9割以上が6か月以上となっている一方で、男性の5割が2週間未満と短期間となっています。
また、ある調査では、夫の家事・育児時間が長いほど妻の継続就業割合や第二子以降の出生割合が高くなっていることも分かっています。そのため、男性が育児休業を取得して、主体的に家事や育児にかかわることが、女性の雇用継続や夫婦が希望する数の子を持つことにつながります。
このような背景から、育児介護休業法が改正されました。
この法律は男性の育児への関心を高めることを目的としていますが、それにとどまらず、女性の社会進出の促進や少子化対策も目的とした改正であるといえます。
令和3年の育児介護休業法の改正は、企業にとっては、育児休業を認めることで代替要員を確保しなければならないなど、中小企業の現実の負担は筆舌に尽くしがたいものがあるはずです。しかし、出産・育児等による労働者の離職を防ぐことや仕事と育児の両立という労働者の希望を大事にすることは国家的政策であり、企業が生き残るために社会や国家から強く求められている必須事項と考えるべきです。
Q2 令和3年改正のポイントは何ですか?
令和3年改正のポイントは、以下の5つです。
①「産後パパ育休(出生時育児休業)」の創設と育児休業の分割取得
②育児休業を取得しやすい雇用環境整備
③妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け
④有期雇用労働者の育児・介護休業取得要件の緩和
⑤育児休業の取得の状況の公表の義務付け
このうち①~④はすでに施行されており、⑤も令和5年4月1日に施行予定です。
そのため、まだ対応していない企業は、すぐに対応を開始する必要があります。
それぞれのポイントを以下で詳細に解説します。
Q3 「産後パパ育休(出生時育児休業)」の創設と育児休業の分割取得とは?
令和3年改正の前にも育児休業制度はありました。しかし、育児休業を分割して取得することは認められておらず、夫婦で交代して育児休業を取得することができないため、利用しづらいものでした。
そこで、従来の育児休業制度に加えて、「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度が創設されました。「産後パパ育休」は、子の出生後8週間以内に4週間まで取得することができるもので、2回に分割して取得することもできます。
また、従来の育児休業制度も、分割して取得することができるように変更されました。
これにより、夫婦で育児休業を交代したり、妻の職場復帰のタイミングで夫が育児休業を取得したりするなど、柔軟に育休を取得することができるようになりました。
育児休業を分割して取得する際のイメージは以下の図のとおりです。
また、事前に労使協定を締結し(厚労省が労使協定の例を公表しておりますので、こちらからご確認ください。)、かつ、休業開始日前に就労時の労働条件について労働者の同意を得れば、産後パパ育休期間中も就業させることができます(育児介護休業法9条の5)。
労働者との合意は、以下の流れで行います。
労働者が休業中に就業することを希望する場合は、休業開始予定日の前日までに書面で、①就業可能日、②就業可能日における就業可能な時間帯その他の労働条件(テレワークの可否等)を申し出ます(育児介護休業法9条の5第2項)。
事業主は、この申出を受けて、①就業させることを希望する日、②就業の時間帯その他の労働条件を提示します(育児介護休業法9条の5第4項)。
この提示に労働者が同意することで、産後パパ育休期間中に就業させることができます(育児介護休業法9条の5第4項)。
もっとも、産後パパ育休期間中は就業できないのが原則ですので、最初に労働者が就業を希望して申出を行うことが必要ですし、就業日数や就業時間には上限があります。
そのため、企業は、労働者に対して産後パパ育休期間中の就業を一方的に求めることや意に反する取扱いをしてはいけません。
なお、産後パパ育休期間中に就業することで、出生時育児休業給付金や育児休業期間中の社会保険料の免除が受けられなくなる可能性もありますので、注意が必要です。
Q4 妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付けとは?
育児休業は労働者による申請が必要ですので、そもそも育児休業制度の存在を労働者が認識していなければなりません。また、男性の労働者が育児休業を取得しない理由の一つに、職場が育児休業を取得しづらい雰囲気であることが挙げられています。
これらのことから、妊娠・出産などを申し出た労働者に対して、育児休業制度等に関する事項を個別に周知し、かつ、休業取得の意向を個別に確認しなければならないと定められました(育児介護休業法21条1項)。
具体的には、以下の4点を労働者に対して個別に周知する必要があります。
① 育児休業・産後パパ育休に関する制度
② 育児休業・産後パパ育休の申し出先
③ 育児休業給付に関すること
④ 労働者が育児休業・産後パパ育休期間に負担すべき社会保険料の取扱い
また、個別周知と意向確認の方法は、面談(オンライン面談も可)、書面交付、FAX、電子メールのいずれかで行うことができますが、FAXと電子メールは労働者が希望した場合のみ利用できます。
なお、休業された場合の代替人員がいないなどを理由に育児休業を取得されては困るという説明をして、育児休業の取得を控えさせるような内容の周知や意向確認をしてしまう場合もあるかもしれません。中小企業の現実から経営者の心情は痛いほど分かりますが、このような方法による周知や意向確認の実施は、育児介護休業法が要求している措置の実施とは認められません。
特に、育児休業取得の申出をしないよう威圧したり、不利益をほのめかしたりすることは、育児休業等に関するハラスメントに該当してしまいますので、注意が必要です。
この育児休業等に関するハラスメントのうち、女性に対するもの(育児休業だけでなく妊娠や出産に関するハラスメントを含みます。)をマタニティ・ハラスメント(マタハラ)、男性に対するものをパタニティ・ハラスメント(パタハラ)と呼ぶことがあります。マタハラやパタハラは、法律用語ではなく俗称ですが、法律は、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントを防止する措置を講じることを企業に義務付けています(男女雇用機会均等法11条の3、育児介護休業法25条)。そして、これらに違反した場合には、従業員から(不法行為責任(民法709条)または債務不履行責任(民法415条)として)損害賠償を請求されるリスクがあります。
そのため、育児休業等に関するハラスメントに該当しないよう注意しなければなりません。
なお、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントについては、厚生労働省のパンフレット10頁以降でまとめられておりますので、そちらもご参照ください。
☛https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001019259.pdf
Q5 育児休業を取得しやすい雇用環境の整備とは何をすればいいのですか?
育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、企業は、以下のうちいずれかの措置を講じなければなりません(育児介護休業法22条1項)。
① 育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施
② 育児介護・産後パパ育休に関する相談体制の整備
③ 自社の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供
④ 自社の育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知
育児介護休業法では、上記のうちいずれか一つの措置を講ずれば足りるとされていますが、厚労省の指針では、可能な限り複数の措置を行うことが望ましいとされています。
また、短期間の育児休業や一ヶ月以上の長期間の育児休業を労働者が希望した場合には、希望する期間の育児休業を取得できるよう配慮することも求められています。
Q6 有期雇用労働者の育児休業取得要件の緩和とは?
令和3年改正の前は、育児休業を取得できる有期雇用労働者は、引き続き雇用された期間が1年以上であり、かつ、子が1歳6か月になるまでの間に契約が満了することが明らかでない者に限定されていました。
令和3年改正により、この要件が緩和され、子が1歳6か月になるまでの間に契約が満了することが明らかでない労働者であれば育児休業を取得できることとなりました。
これにより、有期雇用労働者も無期雇用労働者と同様の要件により育児休業を取得できるようになりました。
もっとも、労使協定を締結すれば、引き続き雇用された期間が1年未満の労働者を育児休業の対象から除外することができます(これにより改正前と同じ要件にすることができます。)。入社したばかりの有期雇用労働者に育児休業を取得されては困るような場合には、あらかじめ労使協定を締結して対処しておく必要があります。この方法を使いたい企業は是非、早めにご準備し実行してください。
Q7 育児休業取得率の公表(令和5年4月1日施行)とは?
これまでに見てきたものは、現時点(令和5年1月時点)ですでに施行されていますが、令和5年4月1日に施行されるものが残っています。
それが、育児休業取得率の公表です。常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主は、育児休業等の取得の状況を年1回公表することが義務付けられます(育児介護休業法22条の2)。
具体的には、育児休業等の取得割合または育児休業等と育児目的休暇の取得割合を公表する必要があります。
また、この公表は、インターネットその他適切な方法により一般の方が閲覧できるように行う必要があります。
Q8 令和3年改正に対応しなかった場合にペナルティーが課される?
従業員の数が多くない中小企業では、従業員に育児休業を取得されてしまうと、代替要員の確保が難しく、経営が立ちいかなくなる可能性も生じます。そのため、会社を経営するために、従業員からの育児休業取得の申出を拒否したくなるかもしれません。
そして、令和3年改正に対応せず、従業員の育児休業を認めなかった場合であっても、刑事罰や行政罰が課されることはありません。
しかし、育児休業の取得は、従業員の権利です。正当な権利行使を拒否すると、違法となってしまいます。また、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントも、企業と従業員の紛争となり、従業員から損害賠償を請求されるリスクが高まります。
さらに、厚生労働大臣は、企業に対して育児介護休業法に関する報告を求めたり、助言、指導、勧告をしたりすることができます(育児介護休業法56条)。
そして、育児介護休業法に違反しているために厚生労働大臣が勧告をしたにもかかわらず、企業が勧告に従わなかった場合には、その旨を公表することができます(育児介護休業法56条の2)。
行政から勧告を受けるだけでなく、公表までされてしまうと、企業のレピュテーションリスクが生じてしまいます。インターネット検索でこのようなネガティブな情報が求職者の目に入ればブラックな社風だと思われてしまい、優良な人材の獲得が困難になる懸念もあります。
そのため、令和3年改正への対応は必須事項です。
もっとも、育児休業の取得は従業員の権利ですので、権利を行使するか否かやどのように行使するかは労働者の判断にゆだねられています。
当事務所は、中小企業が、法律を遵守して従業員の育児休業の取得を認めつつ、経営にできるだけ影響が出ないような時期や期間に育児休業してもらえるよう従業員と対話して、中小企業と各労働者の希望のより良い調和を図ることが大事だと考えています。
また、企業内で柔軟に配置転換を行ったり、派遣社員を利用したりすることも、一考することが大切です。
本記事は、厚生労働省が公表している資料を参考としています。
令和3年改正育児介護休業法のより詳細な情報をお知りになりたい方は、下記の厚生労働省が公表している資料もご覧ください。
・パンフレット(育児・介護休業法令和3年(2021年)改正内容の解説)
☛https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000909605.pdf
・事業主向け説明資料(育児・介護休業法の改正について)
☛https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000851662.pdf
また、個別周知の資料や意向確認書、育児休業申出書、就業規則などの参考書式も、厚生労働省が以下のホームページで公表しておりますので、併せてご覧ください。