【トラブル事例から学ぶ】非上場企業・同族会社の従業員持株会|弁護士が解説する、失敗しないための実践的アドバイス

【目次】
1 はじめに
2 なぜ非上場企業・同族会社の従業員持株会で経営権・支配権に関わるトラブルが起きやすいのか?
3 非上場企業・同族会社が陥りがちな従業員持株会トラブル事例と経営権・支配権を守るための対策
4 トラブルを未然に防ぐための「説明責任」の重要性と経営権・支配権への影響
5 まとめ:弁護士が提供する経営権・支配権を守るための従業員持株会制度の支援

1 はじめに

上場企業だけでなく非上場企業においても、従業員持株会制度が利用されています。

従業員持株会は、事業承継従業員の福利厚生安定株主の確保といった多くの経営課題を解決しうる非常に有効な手段です。特に、オーナー経営者にとっては、持株会制度を利用することで、会社の経営権・支配権を維持しつつ、円滑な事業承継を進めることも可能となります。

しかしながら、非上場企業特有の難しさや、同族会社ならではの事情が絡むことで、思わぬ落とし穴にはまるケースも少なくありません。特に、法務上の知識不足から生じるトラブルは、会社の経営権・支配権に甚大な影響を及ぼす可能性があります。

本記事では、「非上場・同族会社が従業員持株会制度の利用で陥りがちな失敗事例」を取り上げて、それらを避けるための弁護士による実践的なアドバイスを紹介します。具体的なトラブル事例を通じて、従業員持株会制度を適切に利用し、盤石な経営権・支配権を維持するための具体的なヒントを得ていただければ幸いです。

なお、従業員持株会については、こちらの記事もご覧ください。

2 なぜ非上場企業・同族会社の従業員持株会で経営権・支配権に関わるトラブルが起きやすいのか?

非上場企業・同族会社の従業員持株会がトラブルに発展しやすい背景には、以下の点が挙げられます。

⑴ 株式の流動性の欠如

上場企業の株式とは異なり、非上場企業の株式は市場で取引することができず、換価しようと思ってもすぐに買い手を見つけることができません

この「売買できない」=株式の流動性がないという特徴が、様々なトラブルの根源となります。

⑵ 株価算定の難しさ

非上場企業の株式には市場価格が存在しないため、株価を一義的に決めることができません

そして、適正な株価の評価も難しく、このことが従業員持株会を退会する時のトラブルに繋がることがあります。

⑶ 経営権の維持と従業員の権利のバランス

オーナー経営者の経営権・支配権の維持と、従業員持株会に加入することで従業員が取得する株主としての権利・利益との間で、衝突が生じてしまうことがあります。

その結果、両者の適切なバランスを見つけることが難しい場合があります。

⑷ 情報開示の不足

非上場企業、特に同族会社では、上場企業に比べて情報開示の意識が低い場合があります。また、会社やオーナー企業が従業員持株会を会社の一部と考えてしまいがちです。

その結果、従業員持株会の会員である従業員に対し、適切な情報開示がなされないことがあります。そして、従業員は会社の状況を正確に把握できないことから、会社やオーナー経営者に対する不信感が生じることがあります。

⑸ 専門家との連携不足

従業員持株会制度やその運用については、民法会社法税法労働法など多岐にわたる専門知識が必要です。

それにもかかわらず、適切な専門家に相談等を行わずに会社やオーナー経営者が単独で進めてしまうケースがあります。

その結果、法律上や税務上のトラブルが発生してしまうことがあります。

3 非上場企業・同族会社が陥りがちな従業員持株会トラブル事例と経営権・支配権を守るための対策

次に、具体的なトラブル事例と対策をご紹介します。

なお、ここで紹介するトラブル事例は架空の事例ではありますが、実際に発生する可能性の高い事例と考えております。

⑴ 失敗事例1:退会時の株式買取価格を「時価」や「相当な価格」と定めていたために無効とされたケース

【想定されるトラブル】

従業員持株会規約において、

「会員が退会する際には、従業員持株会は会員の持分を時価で買い取る」

と記載しており、退会時に配当還元方式により計算した金額を退会者に支払った。

ところが、退会者から「時価は時価純資産方式で計算すべきだ」と主張され、訴訟を起こされてしまい、会社が敗訴して時価純資産方式で計算した高額の対価を支払わなければならなくなった。

【弁護士からのアドバイス】

①退会時の買取金額を「時価」や「相当な対価」と記載することの危険性

持株会規約で「退会時には時価で買い取る」と定めることがありますが、非上場企業の株式は市場価格がなく、「時価」が具体的にいくらであるのかということやどのような計算方法によるのかということが不明確となってしまいます。

その結果、時価純資産方式で計算した高額の対価とされてしまうリスクが発生します。

特に会社の業績が伸び、株価が上がっている場合には、退会する従業員からすれば、配当還元方式により計算した低い金額しか支払われないことに強い不満を抱くのは当然です。

②退会時の買取価格の明記

従業員持株会規約において退会時の株式の買取価格を定める場合には、「取得価格」などと明記して、買取金額が一義的に明確となるようにしておく必要があります。

⑵ 失敗事例2:議決権の不統一行使を禁止していなかったために、経営権・支配権が揺らいだケース

【想定されるトラブル】

従業員持株会の議決権を行使する理事長が、会社の経営陣の意向と異なる内容の議決権行使を行い、その結果株主総会で会社提案が否決されてしまい、会社の経営に混乱が生じた。

これは、従業員持株会規約に「議決権の不統一行使を禁止する」旨の定めがなく、一部の会員が理事長に対して会社経営陣の意向と異なる議決権行使を求めたことが原因であった。

【弁護士からのアドバイス】

①議決権の不統一行使の禁止を明記

従業員持株会の株式の議決権は、理事長が一括して行使すること及び議決権の不統一行使を禁止する旨を記載することで、議決権の不統一行使がなされることを防止することができます。

②従業員持株会の独立性の理解

会社やオーナー経営者の中には、従業員持株会は会社の一部であると誤解していることがありますが、従業員持株会は株式会社とは独立した組織です。

そのため、原則として会社やオーナー経営者が従業員持株会のガバナンス(運営・管理)に直接口を出すことはできません。

直接的な指示を出すのではなく、信頼のおける役員や従業員を理事長に選任し、持株会規約に基づいた適切な運営を促すことが重要です。

また、その理事長が会社やオーナー経営者の経営方針を理解し、経営陣の意向に沿って議決権を行使できるよう、定期的な情報共有やコミュニケーションを図ることも重要です。

⑶ 失敗事例3:退職後の元従業員が会員として残ってしまい、経営の安定を脅かしたケース

【想定されるトラブル】

退職した元従業員が持株会の会員として残ってしまった。

その元従業員が会社の情報の開示を要求したり、少数株主としての権利(少数株主権)を行使したりして、会社の円滑な運営に支障が生じてしまい、ひいては経営の安定を脅かす事態に至った。

【弁護士からのアドバイス】

①退職時に持株会も自動退会する旨の条項が必須

会員である従業員が会社を退職した場合、自動的に従業員持株会を退会することを規約で明確に定めることが必須となります。

これにより、退職後も元従業員が持株会の会員として会社に関与し続けることを防ぐことができ、その結果、会社の経営を安定させることができます。

②退会時の持分精算ルールの明確化

自動退会と同時に、持分の買取価格に関するルールも具体的に定めておくことで、スムーズな清算を促し不要なトラブルを回避することができます。

この点は、上記の「失敗事例2」をご覧ください。

なお、少数株主問題については、こちらの記事をご覧ください。

⑷ 失敗事例4:同族役員も持株会に加入させたことで税務上の問題が生じ、多額の金銭負担が生じたケース

【想定されるトラブル】

従業員だけでなく役員も持株会に加入させていたところ、役員の一人が同族役員に該当していることが判明した。これにより、持株会が株式を取得する際の株価が、従業員が通常利用できる配当還元方式による価格ではなく、純資産方式による高額な価格で取得しなければならなくなり、税務上の負担が増大した。

【弁護士からのアドバイス】

①役員加入の厳格な制限

持株会に役員を加入させる場合は、オーナー社長(支配株主)や同族役員以外の役員のみに限定する必要があります。

これにより、税法上の株式の評価額の問題を回避できるようにします。

なお、制度設計としては、役員も従業員と同じ持株会に加入する場合(持株会は一つ)と、役員と従業員を分けて別々の持株会を作る場合(役員持株会と従業員持株会の二つ)とが考えられます。

②税理士との連携

役員の持株会加入や持株会が保有する株式の評価に関する税務上の取扱いは、非常に専門性が高いです。

必ずこの問題に精通した税理士と連携し、適切な制度設計と運用を行う必要があります。

4 トラブルを未然に防ぐための「説明責任」の重要性と経営権・支配権への影響

上記3の失敗事例からもわかるように、非上場会社の従業員持株会において最も重要なことの一つは、「持株会の会員である従業員への丁寧で正確な情報開示と説明責任」です。これは、会社の経営の安定性に直結します。

以下では、持株会の会員である従業員への説明において特に重要なポイントを挙げます。

⑴ 換金性の低さの明示

非上場株式は市場での売買ができないため容易に現金化できないことを、持株会の会員となる従業員に対し、書面や口頭で何度も丁寧に説明し、理解を得ることが不可欠です。

例えば「元本は回収できる」という説明だけでは不十分です。

⑵ リスクの包み隠さない説明

会社が破産した場合の元本回収ができなくなるリスクや、退会時の株式買取の制約議決権行使の制限など、従業員にとって不利になりうる点も、全て包み隠さずに説明し、従業員の期待が損なわれないようにすることが必要です。

これにより、従業員の信頼を得て、経営陣に対する不必要な懸念や反発を防ぐことができます。

⑶ 説明内容の記録

将来的なトラブルを避けるため、会員への説明内容や質疑応答の記録を残しておくことも有効です。

5 まとめ:弁護士が提供する経営権・支配権を守るための従業員持株会制度の支援

非上場企業の同族会社における従業員持株会は、事業承継や従業員の福利厚生による人材定着などに大きな力を発揮する一方で、「知らなかった」では済まされない法務上・税務上のリスクが潜んでいます。

特に、法律や税務を踏まえた規約の設計や、オーナー経営者の経営権・支配権の維持と会員である従業員の利益とのバランス調整は、専門的な知見や経験が不可欠です。

吉田総合法律事務所の弁護士は、非上場企業かつ同族会社特有の事情を理解して、これまでいくつもの企業に対して従業員持株会制度のサポートを行っております。

企業の状況に合わせた最適な制度設計、経営権・支配権に関わるリスクの洗い出し、規約作成・改訂、従業員への説明サポートまで、一貫してサポートします。

安易な導入や運用による後悔を避け、企業の持続的な成長と盤石な経営権・支配権、そして円滑な事業承継を実現するために、ぜひ一度、吉田総合法律事務所にご相談ください。

なお、従業員持株会については、こちらの記事もご覧ください。

   

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