独占禁止法は大企業を取り締まる法律なので、中小企業・中堅企業には関係ないと思われている経営者も多いのではないでしょうか。
実際のところ、下請法には注意している中小企業・中堅企業であっても、独占禁止法まで意識が向いている方はそれほど多くないと思われます。
しかし、中小企業・中堅企業であっても、知らず知らずのうちに独占禁止法に違反してしまうこともありますので、注意(リスクマネジメント)が必要です。
ここでは、中小企業・中堅企業が注意しておきたい独占禁止法について、解説します。
なお、独占禁止法については、公正取引委員会がパンフレットで解説しております。より詳しい内容をお知りになりたい方は、公正取引委員会のパンフレットもご覧ください。
1 独占禁止法とは?
独占禁止法の正式名称は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」といいます。
独占禁止法の目的は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすることです。
すなわち、公正かつ自由な競争を促進するための政策(競争政策)を行うための法律が、独占禁止法であるということになります。
なお、独占禁止法を補完する法律として、「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」があります。
この下請法は、下請取引では特に親事業者による優越的地位の濫用行為が行われやすいことから、下請取引における親事業者の優越的地位の濫用行為を規制しています。
2 独占禁止法の規制内容とは?
独占禁止法は、主に以下図の4つの行為を規制しています。
これらの規制行為のうち、①~③は、主に大企業で問題となるものであり、中小企業・中堅企業が問題となることはほとんどありません。
しかし、④については、中小企業・中堅企業でも問題となることがあります。
特に近年では、中小企業・中堅企業を対象とした④不公正な取引方法を公正取引委員会が摘発するケースが増えてきています。
そのため、実力のある中小企業・中堅企業は、下請法だけでなく独占禁止法にも注意(リスクマネジメント)しなければなりません。
3 中小企業・中堅企業が注意すべき独占禁止法の規制行為とは?
上記2のとおり、中小企業・中堅企業では、独占禁止法で規制されているもののうち、上記2の図表④不公正な取引方法に注意(リスクマネジメント)すべきです。
不公正な取引方法は、独占禁止法で定めているものと、公正取引委員会が指定するものがあり、様々な態様の行為が対象となります。
ここでは、その中でも頻繁に問題となるものを取り上げます。
なお、これらに該当する行為すべてが、違法となるわけではありません。
これらに該当する行為のうち、公正な競争を阻害するおそれ(公正競争阻害性)のあるもののみが不公正な取引方法として違法となります。
このように独占禁止法は、他の法律より合法違法の境目がわかりにくいので、個別事案ごとに十分に検討して対応することが望ましいといえます。
⑴ 共同の取引拒絶・共同ボイコット(法2条9項1号、一般指定1項)
共同の取引拒絶・共同ボイコットとは、競争者と共同して取引を拒絶したり取引の内容を制限したりすることをいいます。
共同の取引拒絶・共同ボイコットは、競争の前提となる市場への新規参入を妨害し、企業の新規参入の自由を侵害するもので、独占禁止法で規制されています。 例えば、卸売業者が安売り業者に卸販売をしている場合に、複数のメーカー企業が共同して、その卸売業者に対して商品の供給を拒絶することは、共同の取引拒絶に該当し、許されません。
⑵ 不当廉売(法2条9項3号、一般指定6項)
不当廉売とは、企業が商品や役務の供給に要する費用を著しく下回る価格で継続して供給することなどをいいます。
企業努力によりコストを削減して、競争者よりも低い価格で商品や役務を供給することは、競争そのものであり問題ありません。
しかし、体力のある大企業が一時的に仕入原価を下回る原価割れの低価格で商品を供給すれば、競争者は市場で商品を購入してもらえず市場から退場することになります。競争者が退場した後でその大企業が利益が大きく出る高価格で商品販売することを許してしまうと、競争秩序が害されてしまいます(その結果として、消費者が大きな不利益を被ります)。
そのため、独占禁止法は不当廉売を規制しています。
なお、不当廉売に関する公正取引委員会の考え方は、ガイドラインで解説されておりますので、こちらもご覧ください。
⑶ 再販売価格の拘束(法2条9項4号)
再販売価格の拘束とは、取引の相手方に対して、その相手方がさらに販売する際の販売価格を定めてこれを維持させることなどをいいます。
商品の価格設定は、事業者の重要な競争手段です。事業者が販売する商品の価格を自由な意思によって決定できることが競争の重要な前提条件です。
そのため、独占禁止法は、取引先の価格設定の自由を奪う再販売価格の拘束を規制しています。
例えば、メーカーが、卸売業者や小売業者に対して、希望小売価格から割引した価格による販売を行わないように要請し、これに同意した業者にのみ商品を供給することは、再販売価格の拘束に該当します。
最近では、株式会社一蘭が即席めんなどを販売する際に、希望小売価格から割引した価格による販売を行わないように要請して、これに同意した業者にのみ販売したことが再販売価格の拘束に該当する疑いがあるとされました(詳しくはこちらをご確認ください。)
なお、家電メーカーのパナソニック株式会社は、2020年から一部の商品について家電量販店での販売価格を指定しており、店舗での値引きができないことが報道されています。
これは、形式的には再販売価格を指定(拘束)していることになりますが、パナソニックでは、売れ残った商品を引き取ることにしており、在庫リスクをパナソニックが負っていることなどから、独占禁止法の再販売価格の拘束には当たらないとのことのようです。
公正取引委員会のガイドライン(「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」)でも、委託販売の取引が委託者の危険負担と計算において行われている場合や、実質的にみてメーカーが販売していると認められる場合には、取引先事業者に対して価格を指示しても違法とならないとされています。
また、同様の事例について匿名で公正取引委員会に相談がなされ、その回答が公表されておりますが、そこでも、再販売価格の拘束として独占禁止法上問題とならないとされています(詳しくはこちらをご確認ください。)。
パナソニックによる価格指定も、実質的にパナソニックが消費者に直接販売していると認められるために、独占禁止法上問題がないとされているものと考えられます。
⑷ 優越的地位の濫用(法2条9項5号)
優越的地位の濫用とは、取引上優越的地位にある事業者が、その優越性を利用して取引先に不当に不利益を与える行為をいいます。
具体的な行為としては、商品の受領拒否・返品や対価の支払遅延・減額、買いたたき、協賛金の負担要請などが挙げられます。
この優越的地位の濫用に関する公正取引委員会の考え方ついては、ガイドラインで詳しく解説されておりますので、こちらもご覧ください。
また、上記のとおり、優越的地位の濫用行為は下請取引で行われることが多いため、下請取引については下請法でもきめ細かに規制されています。
最近では、ドラッグストアを展開する株式会社ダイコクが、新型コロナウイルス感染症の流行により店舗を閉店する際に、売れ残った商品を納入業者に返品したり、その返品作業を行わせるために納入業者の従業員を派遣させたりしたことが、優越的地位の濫用に該当する疑いがあるとされました(詳しくはこちらをご確認ください。)
⑸ 排他条件付取引(一般指定11項)
排他条件付取引とは、取引の相手方に対し、自己の競争事業者と取引しないことを条件として取引することをいいます。
例えば、自動車メーカーがディーラーに対し、他社の自動車は販売しないことを条件として自動車を卸販売する専売店契約や特約店契約が、排他条件付取引に該当します。
もっとも、独占禁止法で規制される排他条件付取引は、その行為により公正な競争を阻害するおそれがある場合に限られます。公正取引委員会のガイドラインでは、「市場における有力な事業者」がこのような行為を行った場合に、排他条件付取引に該当するとされており(流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針)、「市場における有力な事業者」は、市場におけるシェアが20%を超えることが一応の目安と考えられています。
最近では、株式会社ユニクエストが、インターネット葬儀サービスを提供する葬儀社に対し、他のインターネット葬儀サービスを行う事業者と取引することを制限したことが、排他条件付取引又は拘束条件付取引に該当する疑いがあるとされました(詳しくはこちらをご確認ください。)。
⑹ 拘束条件付取引(一般指定12項)
拘束条件付取引とは、再販売価格の拘束と排他条件付取引以外の、相手方を拘束する条件が付いた取引をいいます。
例えば、メーカーが、卸売業者の販売地域や販売先を制限する行為や、卸売業者の価格の表示方法等を制限する行為が、拘束条件付取引に該当します。
最近では、日本アルコン株式会社が、コンタクトレンズの販売に際し、小売業者に対し、広告への販売価格の表示を行わないように要請していたことなどが、拘束条件付取引に該当する疑いがあるとされました(詳しくはこちらをご確認ください。)。
4 不公正な取引方法に対する法的措置は?
不公正な取引方法を行った事業者に対しては、公正取引委員会が排除措置命令をすることができます(独占禁止法20条)。この排除措置命令は、行為の差止や契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることです。
独占禁止法違反事件の処理手続きの流れは、以下図のとおりです。
この排除措置命令に従わなかった場合には、2年以下の懲役または300万円以下の罰金が科されます(独占禁止法90条3号)。
もっとも、不公正な取引方法を行ったこと自体は、刑事罰の対象ではありません。そのため、不公正な取引方法を行ってしまった場合でも、公正取引委員会の排除措置命令に従えば、刑事罰が科されることはありません。
また、不公正な取引方法のうち、独占禁止法で禁止されている行為については、課徴金の対象となります。具体的には、共同の取引拒絶、差別対価、不当廉売、再販売価格の拘束、優越的地位の濫用です。
これらの不公正な取引方法に対する法的措置の前提として、公正取引委員会が調査を行いますが、その調査の中で確約手続という重要な手続きがあります。
確約手続は、公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いがあると判断して調査を開始した場合に、事業者が独占禁止法違反の疑いを解消するために排除措置計画(確約計画)の認定を申請し、公正取引委員会がこれを認定したときに、事業者が確約計画を実施することを条件に公正取引委員会が調査を打ち切る手続きをいいます。
実務では、この確約手続が広く活用されています。
確約手続の流れは以下図のとおりです。
また、不公正な取引方法により損害を被った事業者(A)は、不公正な取引方法を行った事業者(B)に対して損害賠償請求をすることもできます。
この損害賠償請求では、不公正な取引方法を行った事業者(B)は、故意又は過失がなかったことを証明しても損害賠償責任を免れることはできない(無過失責任、独占禁止法25条)ので、注意(リスクマネジメント)が必要です。