― 現行制度の弊害と企業実務への影響を弁護士が解説 ―

法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会の中間試案では、これまで責任限定契約の対象外とされてきた業務執行取締役等である取締役および執行役について、定款の定めにより責任限定契約を締結できるようにする案が示されています。
これは、単に取締役の責任を軽くする改正ではなく、個人としての取締役、株主、会社の3者間で経営リスクと責任をどう分担すべきかという、企業統治の根本に関わる議論です。
本記事では、中間試案に至った問題意識、現行制度の弊害、D&O保険・会社補償契約との関係、そして企業実務への示唆までを、弁護士の視点から整理します。
責任限定契約については、改正法施行にかかわらず今の段階から点検しておくべきテーマです。
当事務所では、上場企業から中堅・中小企業まで多数の顧問先様への支援実績を踏まえ、定款変更、役員契約、役員等賠償責任保険(D&O保険)、会社補償契約、取締役会運営、株主・投資家対応など、役員責任リスクに関わる実務横断的なご相談に対応しております。
貴社の現状を踏まえた分析・アドバイスもできますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。
| ※ | 本記事は、2026年5月11日時点で公表されている法務省・法制審議会の中間試案等に基づく一般的な情報提供を目的とするものであり、個別事案に対する法的助言ではありません。中間試案は2026年3月18日に取りまとめられ、同年4月2日から5月22日までパブリックコメント手続が実施されているもので、今後の審議により内容が変更される可能性があります。改正法の成立・施行時期は未確定です。 |
1 はじめに ― 「責任を軽くする改正」ではなく「経営リスクの分担」を見直す議論
会社法改正に関する中間試案では、株式会社が責任限定契約を締結できる相手方に、これまで対象外とされてきた業務執行取締役等である取締役および執行役を加える案が示されています。あわせて、会社と当該取締役・執行役との利益が相反する状況で行われた行為に基づく責任については、責任限定の対象外とする案も示されています。
このテーマは、一見すると「取締役の賠償責任を軽くする制度改正」に見えるかもしれません。しかし、中間試案の問題意識は、単なる役員保護ではありません。むしろ、個人としての取締役にどこまで巨額の経営リスクを負わせるべきか、会社・株主・経営陣の間でリスクをどう分担すべきかという、企業統治の根本に関わる問題です。
なお、令和元年改正会社法では、役員責任リスクへの対応として、会社補償契約(会社法430条の2)および役員等賠償責任保険契約(同430条の3)に関する規律が新設されています。今回の責任限定契約の見直しは、これら令和元年改正で整備された制度と並ぶ、役員責任リスク対応への第三の整備として位置付けることができます。
2 中間試案に至った3つの問題意識
(1)個人である取締役に巨額責任を負わせることの限界
中間試案の補足説明では、業務執行取締役等にも責任限定契約を認めるべきとの指摘として、まず「個人である取締役に巨額の損害賠償責任を負わせることは適切ではない」という問題意識が挙げられています。会社経営上の損失は、事業規模によっては数十億円、数百億円に及ぶこともあり得ます。そのリスクを役員個人に全面的に負わせる制度設計が、常に合理的とは限りません。
特に、株主がそのようなリスク分担を望むのであれば、取締役が負う損害賠償責任を一定範囲に限定し、残りのリスクを相対的にリスク負担能力のある株主側が引き受けることも考えられます。中間試案は、このような取締役と株主の間の適切な責任分担という観点を明示しています。
(2)優秀な経営人材を確保しにくくなるリスク
次に問題となるのが、経営人材の確保です。中間試案の補足説明では、業務執行取締役等への責任限定契約の拡大について、グローバルに優秀な経営人材を確保する観点が挙げられています。
経営者候補者から見れば、会社の規模が大きいほど、ひとつの経営判断が巨額損失に結びつく可能性があります。にもかかわらず、会社に対する損害賠償責任について事前に上限を設けられないとすれば、リスクの高いポジションを引き受けることに慎重になる人材が出てくることは十分に考えられます。
この観点は、諸外国の制度との比較からも理解できます。中間試案の補足説明の整理によれば、たとえば米国デラウェア州一般会社法102条(b)(7)では、信認義務違反に基づく取締役の対会社責任について、定款の定めにより免除することが認められています(ただし、忠実義務違反、悪意による行為、故意の不法行為等は除外)。
日本企業がグローバルな経営人材を業務執行取締役として迎え入れる場面では、こうした国際的な制度差が現実的な障害となり得ます。経営経験、国際感覚、専門性を備えた人材を登用できるかどうかは、企業価値の向上に直結します。責任限定契約の対象をどう設定するかの問題は、日本企業の国際的な競争力を左右しかねない問題であると理解することができます。
(3)経営判断が萎縮するリスク
中間試案の補足説明は、平成13年商法改正において責任軽減制度が導入された背景として、経営判断の萎縮を防止する観点があったことを説明しています。今回の見直しも、この問題意識の延長線上にあります。
企業経営には、リスクを伴う判断が不可欠です。新規事業、M&A、事業撤退、海外進出、研究開発投資などは、結果が不確実であるからこそ経営判断の対象になります。しかし、結果として損失が発生した場合に、巨額の責任を負担する可能性が高くなれば、経営陣は「挑戦しないこと」を選びやすくなります。
このような萎縮効果は、短期的には安全に見えるかもしれません。しかし、自己の在任期間中は戦略の検討に終始し、実行を伴わない経営者ばかりでは、中長期的には企業の成長機会を逃し、株主や従業員にとっても不利益となる可能性があります。責任限定契約の見直しは、無謀な経営判断を許すものではなく、合理的なリスクテイクを制度的に支えるための議論と理解すべきです。
中間試案・補足説明の問題意識(要約)
業務執行取締役等である取締役および執行役は、現行法上、責任限定契約の対象外とされている。もっとも、(a)個人である取締役と株主との間における適切な責任の分担、(b)優秀な経営人材の確保、(c)経営判断の萎縮防止という観点から、業務執行取締役等である取締役および執行役についても、責任限定契約の締結を認めるべきとの指摘がある。中間試案は、これらの指摘を踏まえ、会社が定款に規定することにより、業務執行取締役等である取締役および執行役との間で責任限定契約を締結することを認める規律を示している。
出典:法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」(2026年3月18日)およびその補足説明をもとに当事務所において要約。
3 現行制度の3つの弊害
(1)業務執行の中心にいる取締役ほど、責任限定契約を使えない
現行法上、責任限定契約制度(会社法427条1項)は、社外取締役から始まり、その後、社外監査役、会計参与、会計監査人、さらに業務執行取締役等でない取締役や監査役へと対象が広げられてきました。しかし、現在でも、業務執行取締役等である取締役および執行役は対象外とされています。
ここに現行制度の大きなねじれがあります。会社の重要な経営判断を実際に担う代表取締役や業務執行取締役ほど、責任限定契約を利用できません。他方で、業務執行から距離を置く非業務執行取締役等については、一定の要件のもと責任限定契約を締結できます。
もちろん、業務執行取締役は会社経営に強い影響力を持つため、責任を安易に軽減すべきではないという考え方には合理性があります。しかし、経営判断の萎縮や人材確保の観点から見ると、現行制度は、最もリスクを負って経営判断を行う者に対し、最も制度的な保護が乏しい構造になっているともいえます。
(2)株主が望んでも柔軟なリスク分担ができない
現行制度のもう一つの弊害は、株主が責任限定を認めたいと考えても、業務執行取締役等については責任限定契約という形をとれないことです。
中間試案の補足説明は、株主が望む場合には、取締役の責任を一定範囲に限定し、残りのリスクを株主側が負担することを禁止する理由はない、という考え方を示しています。これは、株主自治の観点から重要です。
たとえば、成長投資を重視する会社では、株主が「一定のリスクを取ってでも経営陣に積極的な判断をしてほしい」と考えることがあります。そのような場合でも、現行制度では、業務執行取締役との間で事前に責任上限を定めることができません。結果として、株主と経営陣の間で望ましいリスク分担を設計する余地が狭くなっています。
(3)責任限度額の枠組み
現行法上、株主総会の決議により責任を免除する場合の最低責任限度額は、会社法425条1項に規定されています。すなわち、当該役員等が在職中に会社から受け、または受けるべき財産上の利益の1年間当たりの額に相当する額として法務省令で定める方法により算定される額に、
- 代表取締役・代表執行役は6
- 業務執行取締役等または代表取締役・代表執行役以外の執行役は4
- それ以外の役員等は2
を乗じて得た額が下限となります。
業務執行取締役等への対象拡大が実現する場合、この水準(報酬等の4年分相当額)を引き続き下限とするのか、それともより高い水準を設けるべきかは、制度設計上の中心論点の一つです。中間試案でこの点がどのように整理されているかは、企業がガバナンス体制を検討するうえで注視すべき点です。
4 役員責任リスクへの対応制度の整理 ― 責任限定契約・D&O保険・会社補償契約
役員責任リスクへの対応としては、責任限定契約のほか、役員等賠償責任保険契約(D&O保険)(会社法430条の3)および会社補償契約(同430条の2)が存在します。中間試案の補足説明も、責任限定契約とD&O保険の組合せにより、役員個人の負担が生じなくなる可能性に言及しています。もっとも、責任限定契約が善意・無重過失の場合に限られることや、日本の標準的なD&O保険では犯罪行為や認識ある法令違反などの悪質な行為が免責とされることから、不適切なインセンティブが設定されるものではないとの考え方が示されています。
これは重要な点です。D&O保険があるから責任限定契約は不要、という単純な関係ではありません。それぞれの制度には次のような特徴があります。
【図2 役員責任リスク管理の三制度比較】
| 項目 | 責任限定契約 | D&O保険 (会社法430条の3) | 会社補償契約 (会社法430条の2) |
| 機能 | 会社に対する責任額の上限を事前に定める | 保険会社による損害填補 | 会社が役員の防御費用や第三者賠償金等を補償 |
| 対象責任 | 対会社責任(任務懈怠) | 対会社責任・対第三者責任 | 防御費用・対第三者賠償金等 |
| 主観的要件 | 善意・無重過失 | 約款による(犯罪行為・認識ある法令違反等は通常免責) | 防御費用は要件なし 賠償金は悪意・重過失は対象外 |
| 締結手続 | 定款の定め+契約 | 取締役会の決議(指名委員会等設置会社では取締役会の決議) 被保険者である取締役は決議に加われない(特別利害関係) | 取締役会の決議 締結後・補償後の取締役会報告も必要 |
| 対象役員 | 現行法上は非業務執行取締役等(中間試案では業務執行取締役等にも拡大) | 役員等 | 役員等 |
これら3制度は、対象とする責任の性質(対会社責任か対第三者責任か)、適用される主観的要件(無重過失か悪意・重過失か)、費用の補填か責任額の限定か、という点で機能を異にします。したがって、企業実務では、これらを競合する制度としてではなく、役員責任リスクを多層的に管理するための組み合わせとして捉える必要があります。
なお、D&O保険の詳細については、当事務所の別記事「役員等賠償責任保険(D&O保険)とは」もあわせてご参照ください。
5 「責任逃れ」を許す制度ではない ― メリハリある制度設計
責任限定契約の対象拡大には、当然ながら慎重な制度設計が必要です。中間試案も、業務執行取締役等について責任限定契約を認める場合であっても、現行法上の「職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないとき」という要件を前提としています。
さらに、業務執行取締役等は、非業務執行取締役等に比べて、会社と利益が相反する状況で取引を行い会社に損害を生じさせる可能性が類型的に高いとされています。そのため、中間試案では、会社と業務執行取締役等との利益が相反する状況で行われた行為に基づく責任を、責任限定契約の対象外とする案が示されています。
具体的にどのような場面が「利益相反状況下の行為」として責任限定の対象外となるかは、今後の議論を待つ必要がありますが、典型的には次のような場面が想定されます。
- 会社法356条1項各号の利益相反取引(直接取引・間接取引・競業取引)
- マネジメント・バイアウト(MBO)における対象会社取締役の行動
- 親子会社間取引における支配株主側の利益を優先した判断
- 役員報酬決定における当該役員の利益相反
なお、株主代表訴訟(会社法847条)の対象となる取締役の責任についても、責任限定契約により限定された範囲については、代表訴訟で追及される賠償額が限定されることになります。中間試案では、業務執行取締役等への対象拡大が代表訴訟の規律にどのような影響を与えるかという点も、今後の検討課題となり得ます。
つまり、今回の見直しは、取締役の責任を無条件に軽くする制度ではありません。むしろ、合理的な経営判断については過度な個人責任を避ける一方で、利益相反や悪質な行為については責任を限定しないという、メリハリのある制度設計を目指すものといえます。
6 企業実務で今から準備すべきチェックポイント ― 「役員保護」ではなく「経営リスク管理」として
企業がこの改正議論から学ぶべきことは、責任限定契約を単なる役員保護策として扱ってはならないという点です。
責任限定契約の対象拡大が実現した場合、企業は、定款変更や契約書作成だけでなく、次のような観点から制度設計を行う必要があります。
- どの役員を責任限定契約の対象にするのか
- 責任限度額をどのように設定するのか(現行法の下限を採用するのか、より高い水準を独自に設けるのか)
- D&O保険・会社補償契約とどのように役割分担させるのか
- 利益相反取引やMBOなどの場面をどう管理するのか
- 株主に対して、なぜこの制度が企業価値向上に資するのかをどう説明するのか
- 取締役会の意思決定プロセスをどのように記録化するのか
- 機関投資家・議決権行使助言会社(ISS、グラスルイス等)に対する説明をどう設計するのか
特に重要なのは、株主・投資家への説明です。責任限定契約の対象を業務執行取締役等に広げる場合、説明の仕方を誤ると「経営陣の責任逃れ」と受け止められる可能性があります。
そのため、企業としては、責任限定契約を、
- 優秀な経営人材の確保
- 合理的なリスクテイクの促進
- 取締役と株主の適切な責任分担
- D&O保険・会社補償契約を含む役員責任リスク管理の高度化
という文脈で説明できるようにしておく必要があります。これらの観点は、中間試案の補足説明でも、見直しの背景として明示されています。
7 まとめ ― 現行制度の弊害は「責任が重いこと」だけではない
今回の中間試案に至った問題意識は、単に「取締役の責任が重すぎる」というものではありません。より本質的には、現行制度のもとでは、業務執行の中心にいる社長、副社長、専務、常務といった取締役について、会社・株主・経営陣の間で柔軟なリスク分担を設計しにくいという点にあります。
巨額賠償リスクを過度に取締役個人へ集中させれば、経営判断は萎縮し、優秀な人材の登用も難しくなります。他方で、責任限定を広げすぎれば、経営陣に対する規律が弱まるおそれがあります。
そのため、企業に求められるのは、責任限定契約を導入するかどうかだけではありません。
- どのような場面では責任を限定し、どのような場面では責任を限定しないのか
- その制度設計を株主にどう説明するのか
- 取締役会の意思決定プロセスをどのように可視化するのか
- 既存のD&O保険・会社補償契約とどのように整合させるのか
これらを総合的に検討することが、今後の企業統治において重要になります。
なお、実質論として、責任限度額の6年4年2年というのはその年数の報酬総額の額面金額の総額であり、役員の報酬手取り額は社会保険料差し引きや所得税住民税支払いにより額面金額よりかなり少なくなりますので、悪意や重過失ではない単なる過失責任の負担額としては十分な制裁機能があると思います。
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